今日は【長岡由子】の記事です。
今日の記事は
自分を責めるのは
少し休めるようになったけれど
「それでも残る違和感」を感じている方へ
お届けします。
※この記事は、
「頑張りすぎている人が悪い」
という話ではありません。
今の自分に合わないと感じたら
そっと閉じてください。
便利な装置
問題が起きなかったのは、
私が何もしなかったからじゃない。
ただ、その事実は
いつも無かったことにされた。
私は「頼れる人」ではあったけれど、
「尊重される人」ではなかった。

会社員時代、
私は「いい人」でいることに、
あまり疑問を持っていなかった。
頼まれたら引き受ける。
先回りして整える。
問題が起きそうなら
起きないように手を打つ。
そうしていると、
「助かる」「優秀だね」と
言われることもあった。
だから私は、
ちゃんとやっているだけ。
これくらい普通。
そう思っていた。
仕事で評価されない違和感は
身体が先に知っていた
でも、あるとき
「あ、これはおかしいな」
と身体が反応した。
後輩の失敗の尻ぬぐいを、
私がずっとしていた時期があった。
その後輩は、
上司には要領よく報告していた。
そして
私が裏で整えていることは
まったく知られていなかった。
そのとき、
お腹のあたりが、ずっと重かった。
言葉にできないモヤモヤが
居座っていた。
仕事で評価されない感覚は
頭より先に身体に出ていた。

問題を未然に防いでいた事実は
評価されなかった
私は、
「誰かをかばっていた」というより、
問題が起きない状態を維持していた
のだと思う。
実験室の環境。
データの整理。
サーバー内の管理。
秩序が崩れると
自分の集中力が落ちる。
ミスが増える。
だから整えた。
でもそれは、
「私の仕事」として
明確に評価されるものではなかった。
問題が起きなかった。
それだけが事実として残り、
私が動いていた事実は消えていった。
“便利さ”は、尊重とは違う
振り返ると、
私はとても“便利”だった。

指示が出る前に動く。
先に気づく。
面倒なところを引き受ける。
でもそれは、
人として扱われていたというより、
装置として機能していた
という感覚に近い。
壊れなければ
あるのが当たり前。
それでも私は、
尽くしているつもりはなかった
当時の私は、
「尽くしている」とも
「頑張りすぎている」とも
思っていなかった。
むしろ、
ちゃんとやっているだけ。
普通の責任感。
そう思っていた。
怖かったのは、
評価が下がることではない。
人に嫌われることでもない。
自分のパフォーマンスが落ちること
だから先回りした。
だから背負った。
見えないことにされたのが
いちばん悔しかった
でも今なら、
はっきりわかる。
私が一番悔しかったのは、
「問題を未然に防いでいた事実」が
存在しないことにされていたこと
だった。
感謝されなかったことより
評価されなかったことより
見えないことにされたこと
が、いちばんこたえた。
あなたは「役に立つ装置」じゃない
もし、あの頃の自分に
声をかけるとしたら、こう言うと思う。
そこまで、面倒見なくてよかった。
全部、背負わなくてよかった。
あなたは「役に立つ装置」じゃない。
本当は、
ちゃんと尊重されるべき存在だった。

この記事を読んで、
少し立ち止まったあなたへ。
「いい人だね」
そう言われ続けてきたあなたは、
もしかすると
“便利な位置”に置かれてきただけ
かもしれない。
その違和感から、もう一度自分に戻るために
人に尽くすこと自体が
悪いわけじゃない。
でも
尽くした結果
自分が消耗する感覚があるなら
それは、
あなたが悪いのではなく
職場の構造の問題かもしれない。
こういう「言葉になる前の違和感」から
静かで深いセラピーが
始まることは多いです。
もし今、
同じようなモヤモヤを
身体のどこかに感じていたなら・・
それは、
あなたの感覚が
ちゃんと生きている証拠。
無かったことにしなくていい。
その感覚から
もう一度
あなた自身に戻っていける。

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あなたの中の
「言葉になる前の違和感」に
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そんなことを
セラピーの視点から静かに綴っています。
無理に変わらなくていい。
ただ、無かったことにしないために。
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